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建築家が教える「勝てる中古不動産」選び 第5:築古マンション改修の「見えない壁」

建築家が教える「勝てる中古不動産」選び ― 第5回(最終回)

築古マンション改修の「見えない壁」

 

── 床と天井の構造がリノベの自由度を左右する

 

「リノベーションで間取りは自由自在」——このセールストークは、建築家から見れば半分は誤りです。床下と天井裏に潜む物理的な限界を知らずに売ることは、将来のクレームを仕入れているのと同じです。最終回は、築古マンションの収益性を左右する「スラブ構造」と「配管」の制約について解説します。

リノベーションの打ち合わせで顧客が最も落胆するのは「ここに壁は作れません」「キッチンは移動できません」という宣告です。その理由は、コンクリートの箱(躯体)の作り方にあります。

 

①  床下の落とし穴:水回りの移動を阻む「フラットスラブ」

 

現代のマンションは水回りの床スラブを一段下げて作る「段差スラブ」が主流です。しかし築古物件の多くはスラブが真っ平らです。ここに、水回り移動の根本的な制約があります。

 

【居住性・コストへの影響】

 

排水管には「勾配(傾き)」が必要です。スラブが平らな物件でキッチンやトイレを移動しようとすると、配管を転がすスペースを確保するために部屋全体の床を10〜20cmも上げなければなりません。床を上げれば天井が低くなり、入居者に圧迫感を与え、サッシとの間に不自然な段差も生まれます。

内覧時のチェックポイント  「床下点検口」を覗くか、図面で「スラブ段差」の有無を確認してください。段差がない物件での水回り移動は、コストと居住性のトレードオフになります。

 

②  天井の制約:小梁(こばり)がデザインを分断する

 

最近の物件は「ボイドスラブ」によって梁が出ない開放的な空間を作れますが、築古物件は「小梁」が天井面を縦横に走っています。

 

【間取り変更への影響】

 

「広いLDKを作りたい」と壁を壊しても、天井のど真ん中に太いコンクリートの梁が残ります。これを隠そうと天井を下げれば室内はさらに狭苦しくなります。新しい間仕切り壁を作ろうとしても小梁の位置に縛られ、梁を跨いで壁を作ると収まりが非常に悪くなります。

 

【建築家ならではの「逆転の発想」】

 

梁の位置を逆手に取り、あえて梁を露出させてライティングレールを回す「見せるデザイン」を提案する。制約をデザインの個性に変えることで、新築マンションにはない唯一無二の空間が生まれます。

 

③  床の不都合な真実:「不陸(ふりく)」による隠れたコスト

 

築古物件、特に1970〜80年代のコンクリート打設精度は、現代と比べると大きく異なります。これが見えないコストを生む原因になります。

 

【追加コストのリスク】

 

カーペットを剥がしてフローリングを貼ろうとすると、コンクリートの床が波打っている(不陸がある)ことが多々あります。そのまま貼れば家具は傾き、歩くたびに床が鳴ります。これを平らにするための「セルフレベリング工事」には数十万円の追加費用と数日の乾燥期間が必要です。リノベ予算をギリギリで組んでいる計画にとって、この「見えないコスト」は致命傷になります。

事前調査の重要性  既存仕上げ材を剥がす前の段階で、レーザー水平器等による不陸確認を行うことで、予算の精度が格段に上がります。建築家との事前調査がここでも威力を発揮します。

 

「躯体ベースの提案」ができる目利きへ

 

表面の綺麗さは数万円の表層リフォームで誤魔化せます。しかし今回述べたような構造的制約は、数百万かけても解決できない場合があります。

 

「この物件は階高(かいだか)があるから、水回りの移動が自由です」「小梁の位置が良いので、綺麗な大空間が作れます」——こうした一歩踏み込んだ躯体ベースの提案こそが、これからの供給過多時代に投資家から選ばれる根拠になります。

 

5回のシリーズを通じて

 

【このシリーズで伝えてきたこと】

 

✓  第1回:土地の履歴書——地盤と立地の見極め方

✓  第2回:耐震補強の罠——居住性とのトレードオフ

✓  第3回:躯体の健康診断——科学的調査で価値を読む

✓  第4回:大相続時代のチーム戦——既存不適格の活用

✓  第5回:床と天井の制約——物理的限界を知る(本回)

建築家が現場で培った知見を、不動産の目利きに活かす。このシリーズがその一助となれば幸いです。個別の物件相談や、特定エリアに特化した深掘り調査もお気軽にご相談ください。

 

用語解説

 

フラットスラブ:配管スペースの段差がなく、床板が均一な高さで打設されたコンクリート床。水回り移動の制約になりやすい。

段差スラブ:配管スペースを確保するために、あらかじめ一部を低く打設したコンクリート床。水回りの移動自由度が高い。

ボイドスラブ:コンクリートの中に空洞を設けて強度を持たせた床板。小梁を減らし、フラットな天井を実現できる。

不陸(ふりく):コンクリート表面が平らでなくデコボコしている状態。床仕上げ工事に影響し、追加費用の原因になる。

セルフレベリング:流動性の高い材料を床に流し込み、自重によって水平な下地を作る工事。

小梁(こばり):主要な大梁の間に架け渡された小さな梁。天井面に突出し、間取りの自由度に影響する。

 

株式会社 エーアイ設計事務所

築古物件の躯体調査・リノベーション可能性診断を行います。

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