マニュアルより、土の声を聴く
――キウイ農園の棚設計で気づいたこと
「マニュアル通りにやれば安全」とは限りません。大切なのは、そのルールが生まれた理由を理解し、目の前の土地に合った答えを導き出すこと。あるキウイ農園の整備を通じて、建築の考え方が農業の現場でも生きることを実感しました。
1.重機が止まった日
キウイフルーツの棚(支柱とワイヤーで作る骨組み)を整備するにあたり、ニュージーランド(NZ)から専門指導員を招いていました。NZはキウイ農業の先進国。指導員の基準では「支柱は一定の深さまで地面に打ち込むこと」と明確に定められていました。
ところが、いざ施工を始めると重機が途中で止まってしまいました。表土を掘り下げた直下に、非常に硬い砕石の層(礫層)が広がっていたのです。支柱はそれ以上入らない——専門用語で「リバウンド(拒絶)」と呼ぶ状態です。
マニュアル通りに所定の深さを確保しようとするなら、大がかりな掘削工事や砕石の入れ替えが必要になります。コストは大幅に増え、農地も大きく傷つく。果たしてそれは正解なのか、と考えました。
2.「深く埋める」のは手段、目的ではない
ここで建築士としての視点が役立ちました。NZの基準が「深く打ち込む」ことを求めていたのは、支柱が倒れないよう地盤にしっかり固定するためです。では、硬い砕石層がすぐ下にある今の現場では、どうすれば同じ「安全」を達成できるか?
キウイの棚は、たくさんの支柱をワイヤーで吊り橋状につないだ一つの大きな構造体です。棚の中に連続してある支柱は、隣の区画からのワイヤーが互いに引っ張り合うため、横方向の力はほぼ打ち消し合います。
← T cos θ T cos θ → = 0
中間支柱にかかる水平力は、両側から等しく引っ張られることで相殺される
つまり中間の支柱に必要なのは、主に「縦の重さを支える力」だけ。そして今回のような硬い砕石地盤は、沈み込みに対して非常に強い——建築的に言えば「優秀な支持地盤」です。浅くしか入らなくても、地盤が沈下をしっかり防いでくれると、計算で証明できました。
3.端の柱だけが本当の難所
力が「釣り合う」中間とは違い、棚の端にある柱(エンドポスト)は、一方からしかワイヤーが来ません。つまり強い引っ張りの力を一手に受け止めなければならない。ここが本当の設計上の山場でした。
コンクリートの塊で押さえつければ簡単ですが、農地にコンクリートを埋めたくないというオーナーの希望がありました。それは構造力学的にも理にかなった発想です。コンクリートは将来の撤去が難しく、土の呼吸も妨げてしまう。
そこで活用したのが「受動土圧」という地盤の力です。
用語メモ:受動土圧とは
支柱が土を押し込もうとするとき、土が「崩れまい」と抵抗する力のこと。地盤が硬いほどこの力は強くなります。今回のような砕石層は、アンカーを固定する地盤として理想的な条件を備えています。
鋼製のアンカーや受圧板を最適な大きさ・角度で配置することで、砕石地盤の抵抗力を最大限に引き出しました。ワイヤーの引っ張る方向とアンカーの向きをぴったり合わせることが、力を無駄なく受け止めるポイントです。
4.コンクリートを使わない「乾式工法」
今回採用したのは、鋼材のアンカーと地盤の「咬み合わせ」だけで安定を確保する「乾式工法」です。生コンクリートを流し込む「湿式工法」と異なり、土地を傷めず、将来も撤去・変更がしやすい。
地盤そのものを構造の一部として活かす——これは農業施設ならではの発想ですが、建築の構造設計でも共通する思考です。環境への負荷を最小限に抑えながら、ワイヤーの切断荷重を上回る安全率を確保した農場整備が実現しました。
「土の声を聴き、物理の原則に従う。」
農業土木の創始者・上野英三郎博士の精神は、今も現場に生きています。
三重県久居が生んだ農業工学者・上野英三郎博士(忠犬ハチ公の飼い主としても知られています)は、日本の土壌と風土に合った耕地整備の体系を築いた人物です。マニュアルを超えた現場主義——その精神は、NZの先進技術と日本の構造計算が交差するこのキウイ農園の地でも、変わらず息づいていました。
「その土地に最適な構造」を追求すること。それが一級建築士として、農業施設でも住宅でも変わらない私たちの仕事です。