検査済証のない建築物
1週間ほど前の夕方、会社(設計事務所)に1本の電話がありました。それは、建築に関する相談でした。名古屋市内の7階建てのビルを売却したいようです。しかし、検査済証がないのでお困りのようです。ご本人が、市役所に行って確認もしたようですが、ないと言われたそうです。35年ほど前の建物だという事で、「調べましょうか、費用が掛かりますけど」と言うと、「考えます」と言って電話は切れました。
私には信じられませんでした。ずっと設計事務所でやってきたので、確認申請も、完了検査依頼も、当然、確認済証・検査済証など全て100%受領しています。それがないと、設計料や監理料が請求できませんから当然です。
調べてみると、検査済証がないために、収益ビルの売買が出来なかったり、融資がつかなかったり、工場の増築が出来なかったりと、色々あるようです。
自分の経験から思い起こすと、自分で設計した物件は、検査済証や確認済証は施主様にお渡ししますが、控えは必ず残しているので困ることはありません。そして、次の仕事があるときは、関係する書類の確認から入ることもあります。
調べたデータを書きます。
・・・「1988年以前の完了検査率は「40%未満」だった」・・・
現代の建築業界では、建物が完成した際の「完了検査」を受け、「検査済証」を取得するのは100%必須の常識です。しかし、過去の統計を見ると、その常識はここ20年ほどで形成されたものであることが分かります。
国土交通省(旧建設省)のデータによると、1998年度(平成10年度)以前の全国平均の完了検査率は、わずか「約38%」でした。つまり、世の中にある建物の6割以上が完了検査を受けないまま流通・操業していたという、現代からは信じられないモラルハザードが起きていたのです。
特に1980年代後半から1990年代初頭のバブル期にかけては、都市部の民間収益ビルや工場などでこの傾向が顕著でした。
なぜ「検査を受けない」がまかり通っていたのか?
当時のオーナー様が悪意を持って検査を拒否していたわけではありません。社会全体に、以下のような「受けなくても困らない」構造上の要因がありました。
- 金融機関の融資基準が緩かった
現代では「検査済証」がないと銀行の融資は100%通りません。しかし当時は、工事着工前の「建築確認済証」の写しと、建物が完成した後の「登記」さえ揃っていれば、完了検査を受けていなくても問題なく融資が実行されていました。
- 行政のチェック体制(マンパワー)の不足
当時は役所の建築主事だけが検査を行っていたため、急増する建築件数に対して物理的に全棟を検査する余裕がなく、検査を受けなくても行政からの催促やペナルティがほとんど形骸化していました。
こうした背景から、1日でも早くオープンして家賃収入や操業を始めたいという「工期優先」の風潮に流され、検査済証のない建物が大量に生産されてしまったのです。
常識が一変した「2003年の大転換」
この悪しき慣行が終わりを迎えたのは、2003年(平成15年)のことです。
国土交通省は金融庁と連携し、全国の金融機関に対して「建築基準法を遵守していない(検査済証のない)不適法な建築物に対しては、融資を厳格に制限すること」を強く要請しました。
これにより、銀行が「検査済証必須」へと手のひらを返したため、完了検査率は劇的に上昇。現在では9割を超える水準となっています。
つまり、いま市場で問題になっているのは、オーナー様の個人的な過失ではなく、「過去の日本の社会構造が残した負の遺産」なのです。
諦める必要はありません。建築士と進める「再生へのルート」
「検査済証がない=即、違反建築として解体しなければならない」というわけではありません。
国土交通省は、こうした過去のストックを活用するため、2014年(平成26年)に「検査済証のない建築物の建築基準法適合状況調査のためのガイドライン」を策定しました。
専門知識を持つ一級建築士事務所がこのガイドラインに基づき、
- 役所の建築確認台帳の記録を調査する
- 現地を実測して設計図面を復元する
- コンクリートや鉄筋の強度を科学的に調査(躯体調査)する
というプロセスを踏んで「法適合状況調査報告書」をまとめることで、行政や金融機関に対して「当時の法律に適合した安全な建物である」という公的な証明を与えることができます。これにより、諦めかけていた売却や増築、用途変更への道が開かれるのです。
検査済証がない物件の適法化には、当時の法規の知識と、役所や指定確認検査機関との粘り強いネゴシエーション(協議)が不可欠です。
コツコツと粘り強く解決していきましょう。