「工場を止めるな」――この一言が、私たち設計事務所に突きつける途方もない挑戦
工場や倉庫を経営されている方なら、きっと身に覚えがあるのではないでしょうか。「工場を止めるな」。当たり前のようでいて、これほど建築や設計の現場を追い詰める言葉はありません。
自動車の部品ひとつ、食品ひとつが生産ラインから生まれ続ける裏側で、建物や設備はとても過酷な状況に置かれています。24時間365日、フル稼働が絶対条件の工場では、建物の改修や耐震補強のために許された時間は、年末年始やお盆のわずか数日間、ということも珍しくありません。本来なら数ヶ月かかるような鉄骨の工事を、秒単位のスケジュールで、夜も昼も職人さんが交代しながら乗り切る。私たち設計事務所は、この現実と日々向き合っています。
〇 見えないところで進む、老朽化という静かな危機
外から見ただけでは分かりませんが、コンクリートの中性化や、化学薬品による鉄骨の腐食、雨漏りなど、建物は少しずつ傷んでいきます。それでも「売上を止めるわけにはいかない」という経営判断のもと、満身創痍の建物をだましだまし使い続けざるを得ない。これは特別な会社の話ではなく、多くの日本の工場が抱える、構造的な悩みだと感じています。
さらに近年は、同じ製品を大量に作り続ける時代から、「多品種少量」「変種変量」へと生産のスタイルが変わってきました。製品が変わるたびにレイアウトや治具を組み替える必要があり、本来は動かさない前提で設計されている建物や配管が、その変化についていけずに悲鳴を上げている。ちょっとしたレイアウト変更のために、数日間ラインを止めざるを得ない、というのも、決して珍しい話ではありません。
〇 「お金がないから、テントで」という切実な選択
工事費の高騰が続く今、鉄骨造やRC造できちんとした工場を新築する余裕がない、という経営者の声を、私たちは本当によく耳にします。そこで選ばれるのが、膜構造のテント倉庫です。低コストかつ短工期で「屋根と壁」を確保できるため、予算に限りのある現場にとっては、大切な選択肢のひとつです。
面白いことに、テント倉庫は地震に対してはとても強い性質を持っています。建物が軽ければ軽いほど、地震から受ける力も小さくて済むためです。膜自体にしなやかさがあることも、揺れをいなすうえで有利に働きます。
ただし、万能ではありません。台風の強風や雪の重みには弱く、変形しやすいという弱点があります。また、中に置く工作機械やロボットが固定されていないと、建物よりも設備そのものが暴れてしまうリスクもあります。紫外線や風雨による経年劣化も避けられず、定期的なメンテナンスを怠ると、いざという時の強さを失ってしまいます。「安いから」という理由だけでテントを選んでしまうと、かえって高くつく――そんな「安物買いの銭失い」にならないよう、きちんと見極めることが欠かせません。
〇 それでも、私たちにできること
こうした厳しい制約のなかで、設計事務所として何ができるのか。私たちが大切にしているのは、「新しく完璧な箱を一から建てる」という発想を、いったん脇に置くことです。
たとえば、撤退した同業他社の工場や倉庫を、居抜きで手に入れて内部だけをリメイクする方法。頑丈な建物の骨組みをそのまま活かせれば、一からコンクリートを打つよりも、はるかに少ない予算で「戦える工場」を手に入れることができます。
また、規格化された部材を使う「システム建築」を上手に組み合わせることで、工期を大きく縮めながら、コストも2〜3割ほど抑えられるケースがあります。テントのような膜の弱さを避けつつ、きちんとした金属の箱を、現実的な予算で実現する道です。
さらに、最初から100点満点の工場を目指すのではなく、まずは屋根と壁といった最低限の「箱」だけを建て、床の補強や空調、内装は、会社の売上や補助金のタイミングに合わせて少しずつ足していく、という「段階的な投資」の考え方も、私たちがよくご提案する方法のひとつです。
すでに稼働している工場に対しては、生産ラインを止めずにできる工夫も欠かせません。全面的に床を打ち直すのではなく、AGV(無人搬送車)や機械が実際に通る部分だけをピンポイントで平らにする、外側から断熱パネルを巻きつけて夏の暑さや冬の結露を和らげる、といった「部分的だけれど効果の大きい」手当てです。事前に建物を3Dスキャンでデータ化しておけば、現地に入る前に工事の段取りをほぼ完成させ、実際に現場で作業する時間を最小限に抑えることもできます。こうした技術も、あくまで「工場を止めない」という目的のための、ひとつの手段にすぎません。
〇 私たちがこの仕事に込めている想い
正直に申し上げると、「工場を止めるな」という言葉と向き合うたびに、悩むことばかりです。予算は限られている、時間はもっと限られている、それでも建物としての安全性や快適さは絶対に犠牲にしたくない。この板挟みのなかで、最善の答えを探し続けるのが、私たちの日々の仕事です。
けれど、だからこそやりがいがあるとも思っています。派手な最新技術に飛びつくのではなく、その工場、その会社の身の丈に合った、地に足のついた工夫を積み重ねること。既存の建物を活かす知恵、限られた休みの日数に工事を収める段取り、生産を止めずに性能を底上げする技術。そのひとつひとつが、経営者の皆さまが安心して事業を続けていくための、静かな支えになっていると信じています。
「工場を止めるな」。この言葉に、これからも真正面から向き合い続けたいと思います。